南インドの芸能を探求する『アビナヤラボ』のムドラちゃんが、インドの芸能や文化、手印=ムドラについて語り、『アビナヤラボ』の最新情報に迫ります
今日は月に一度のムドラ研究会の日

最近この会では、マラヤーラム語で“ヴルクシャ ワルナナ”という一連の表現を少しづつ勉強している。

ヴルクシャは木、ワルナナは描写といった意味だと思う。
つまり、森や庭の木の様子を描写する場面である。

今日はステップもつけて練習する予定。

クーリヤッタムにおいてムドラは、手の形で言葉や概念を表すものだが、下半身もとても大事である。
膝を曲げて、腰を落とした姿勢をとった上で、手でムドラを形作ると、表現が生き生きとしてくる。

これは単純明快で、素晴らしい知恵である。

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【2012/02/07 16:21】 | ムドラいろいろ
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木は、いろいろなものからできている。

それは、たとえば
若葉、葉、つぼみ、花、実

ムドラを練習するとき、かならず、それらのイメージを思い描き、それらをリアルに見るようにする。
実際にはそこにないものだけれど、見る。

すると、
それは、そこにあるのと同じ意味を持つ。

そして、
ムドラでそれを表わすとき、小さな手の形が、いきいきと物を語りはじめる。


ないものを見るって楽しい

【2011/11/19 15:38】 | ムドラいろいろ
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クーリヤッタムでムドラで「木」を表わす時には、下から上に見上げていく。
こうすると、木がのびていく生命力を感じることができる、こともある。

木を見るとき、他に何が見えるだろうか

枝・・・
クーリヤッタムの「枝」は、ちょっとわかりづらい。
ひらひらもしているし、噴水の様でもある。
葉っぱがたくさんついた枝の様子なのだろうか?
ケーララは植生が熱帯だから、生えている木は日本とは違う。
ということは、私たち日本人の思い描く枝とはちょっと違うのかもしれない。

ムドラの形に具体的なもののイメージを求めると、ときどきわからなくなることがある。
考えない方がいい時もあるが、気になるものである。

【2011/11/17 18:03】 | ムドラいろいろ
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昨日は、毎月行っているムドラの研究会の日だった。

今回のテーマは前回に引き続き「木」

道を歩いていて、あるいは
林の中で、
木に注目することがあるとしたら、どうやって見るだろうか?

何かを見るとき、まずどこに目がいくか?
たとえば、
人を見る時であれば、だいたい最初に顔に目がいく。
木の場合はどうだろう?

そんなことを考えるのも大切なことである。
何を見るか?どうやって見るか?によって、ムドラの表わすものはいろいろに変化する。
そして、ちょっとやってみるだけでも、それは意外と実感できるものである。

来月は12月20日(火)の予定

【2011/11/16 17:38】 | ムドラいろいろ
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wedding

前々回、カピラの結婚式を報告したが、これはその時の写真である。

このように、新郎と新婦が手をつないでランプの炎の周りを3周する、というのが昔ながらのヒンドゥの結婚式の慣しである。

クーリヤッタムでも、「結婚する」というムドラは、左手を五本の指先をつけた状態にし、それを右手の人差し指と親指で握る、という仕草で表す。

【2011/09/10 17:33】 | ムドラいろいろ
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